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京都あはは

36歳のうつ病サラリーマンが2017年に京都でオシャレなカフェを開いて、おもろいことを仕掛けていきます。

9年間サラリーマンをして、「この人の為に頑張ろう」と思えた上司は7人中3人。ええ上司に良く出会えているほうだ。(その1)

26歳でサラリーマンになってから、9年間で7人の上司につかえてきました。途中で2回転職をしたので、他の人に比べると「上司の変わるスピード」がかなり早い方です。

 

 

当たり前ですが、7人ともそれぞれの個性があり、一緒に気持ちよく働くことができた上司もいれば、考え方や仕事の進め方が合わず一緒に働くことがしんどかった上司もいました。それでも、どちらの上司からも多くのことを学ぶことができ、「僕自身が上司になった時はこうしよう」と都度都度感じてきました。7人共に対して、とても感謝しています。

 

 

その7人の上司のうち、尊敬でき、「この人の為に仕事を頑張ろう!仕事で成果を残してこの人の男にしたい!」と思えたのは、3人です。43%が、尊敬できる上司でした。結構高い確率で「ええ上司」に巡り会えている方です。ありがたい。

 

 

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これまでに出会った上司。

 

 

【上司①「入社1年目から4年目の時のO課長】

新入社員の時から、Oさんに資材バイヤーの基本を教えて頂きました。Oさん自身、入社以来ずーっと同じところでバイヤーをやられていたので、知識量はすごかったです。また、各取引先の営業の方々との付き合いも長く、顔がひろく、顔が効く方でした。新しいもの好きで、新規サプライヤーの開拓や海外でのコンソーシアム参加等、どんどんチャレンジされる姿は、バイヤーとして見習うべき点が多かったです。「他人にどー思われようと関係ない」というスタンスは、人の目を気にしがちな僕からするとなかなか真似できないところでした。

そういうスタンスもあってか、一部の部下や工場部門の人と軋轢を生むことが少なくありませんでした。また、「いざという時に部下を守り切ってくれない」、という感じがありました。まあ、普通そうですが。

今も課長としてご活躍のようで、喜ばしいです。

 

 

【上司②「入社5年目の時のY課長」】

工場に移動した時の上司がYさんでした。Yさん自身は、高卒で現場からのたたき上げの方です。英語が出来ず、非組合員となる参事という役職には上がれていない方でした。

ずっと工場におられたので、工場での関係部門との調整がめちゃめちゃうまかったです。それは、資材という間接部門としての立場(間接部門だけでは何もできない。間接部門は直接部門へのサービスの提供をしなければ存在意義が無い)をとてもよく理解されておられたからです。担当者の僕が働きやすいように、関係部門の部課長に対して地ならしをしてくれはりました。

だから、「いざという時にはYさんが守ってくれる」と感じ、それに対して「Yさんの為に頑張って、Yさんが関係部門や上司から褒められるような成果を出したい!」と思って仕事をしていました。

 

【上司③「入社6年目の時のT係長」】

もともと同じ担当者として働いていた先輩が昇格されて、上司になったTさん。一緒に働いてきたこともあり、Tさん思考や強み弱みをよく理解していたので、とても働きやすかったです。ええ意味でほとんど緊張もしなかったし。

思考は深くないのですが、動きだしがとても早い方で工場部門の方からの信頼が厚い方でした。人間味がある方です。

やってきた担当が被っていなかったこともあり、自由に仕事をやらせてくれはりました。自由にやらせてもらっていた分、「この人の為に成果を残したい」と思って仕事を進めることができました。

 

 

「この人の為に頑張ろう」と思えた上司。

 

いわずもがなですが、上司②Yさんと上司③Tさんです。

 

当たり前ですが、自分を信じてくれる上司、自分を守ってくれる上司、自分のやりたいことをやらしてくれる上司、に対しては尽くそうと思います。部下は敏感なので、上司から多くを言われなくても分かってます。

 

「この人の為に頑張ろう」、と思ってもらえる上司になりたいので、上司になった時には部下を守り抜きます。あたりまえをあたりまえにすることですが、愚直にやり続けることは

 

意外に簡単ではないのかもしれません。

 

 

残りの4人は、つぎのブログで紹介します!

 

 

ひろ