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京都あはは

36歳のうつ病サラリーマンが2017年に京都でオシャレなカフェを開いて、おもろいことを仕掛けていきます。

9年前に大企業「パナソニック」に入社してサラリーマンとして安泰やと思ってたら、そーでもなかった。大企業でも普通にリスクはいっぱいやから注意しましょう。

4月1日は多くの会社で、新卒の入社式がありました。

僕も、9年前の2007年3月に大学院を卒業して、2007年4月に入社式を迎えていたのを、懐かしく思い出しました。

 

 

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2007年に、僕は新卒でパナソニックに入社しました。リーマンショック前で、当時パナソニックの業績も好調でした。2007年度は純利益が過去最高の「2,819億円」となっていました。純利益の最高更新は22年ぶりで、デジタル家電の勝ち組でした。

 

 

僕はパナソニック半導体社に配属されました。(半導体社は、今はパナソニック本体からは切り離され「パナソニック セミコンダクター ソリューションズ株式会社」となっています。 )当時の半導体社も好調で、売上4,800億円の事業部で1,000億円単位の投資をしていました。パナソニック全体の売上9兆円からすると5%程度の事業であるにもかかわらず、当時の新卒の人数では「売上4兆円のAVC社」に次いで2番目に人数(50~60人)が配属される主力事業でした。また、半導体出身の小池さんが、パナソニック本社の副社長にもなっており、半導体パナソニックの「動脈」というようなことを言われていました。

 

 

自分自身の実力があるとは思っていませんでしたが、大企業である業績好調のパナソニックに入って、そのパナソニックの中でも主力事業の一つの半導体にいたことで、「まあ、サラリーマンとしてはそこそこ安泰やな」と正直思っていました。しかも、メーカーの中ではパナソニックは比較的高給でしたし。当時の課長は、年収1,200万円でした。(←直接その課長から聞いたのでホンマやと思います。)

 

 

安泰でなかった大企業「パナソニック」①

 

 

2007年に新卒でパナソニックに入社して、2008年にはすぐにええ状況ではなくなってきました。というか、めちゃめちゃ悪い状況になってきました。

 

 

2008年の秋にリーマンショックがあり、毎月の売上が年初計画の半分にもならない状況になりました。このころから残業規制(早く帰れてうれしいけど。)、出張規制、手当の圧縮等が始まりました。当時の会社は「緊急経営対策」とゆーてましたが、結局リーマンショックからほとんど毎年この「緊急経営対策」が出てきて、「どこが緊急やねん」と後輩とゆーてました。

 

 

リーマンショックをきっかけに半導体事業の競争力の無さが一気に露呈してきて、小手先の「緊急対策」くらいではしのぎ切れなくなってきてました。。

 

 

投資の凍結、組織の縮小、他の事業部の転籍等の対応に追われるていきました。

 

 

安泰でなかった大企業「パナソニック」②

 

 

リーマンショックの影響からまだまだ回復してこない中、2011年3月の東日本大震災、そこからの超円高(80円/ドル)により、いよいろ半導体事業が持ちこたえられなくなってきました。

 

 

固定費を大幅削減する為に、減損と大リストラを実行しました。減損自体は会計上の処理であるので、末端で働いている30歳の社員にその影響は感じられませんでした。しかし、リストラの方は職場でモロにその影響を感じることになりました。

 

 

当時のリストラは、部内で○○人削減、という目標が設定されているようでした。その人数を達成する為に、誰と誰を辞めさせなければならない、という話になり、面談でその人辞めさせていく、というものです。幸い?当時の僕は年齢も若く相対的に給料も安い為、辞めさせる対象からは外れていました。

 

 

面談で退職に応じない人は、人材材開発センターなる追い出し部屋に行かされる、という中々普段の仕事とは違う状況でした。課長クラスでもこの人材開発センターに行かされていたことより、僕自身年齢が40歳を超えていて運が悪ければ、こういうリストラに合ってしまうんやと、強く危機感を覚えましたし、いくら大企業でも会社なんてほんまに依存できひんもんやと痛感しました。

 

 

 

潰れる直前の会社にいるのが若い時でほんまによかった。

 

 

もし、終身雇用を信じて働いてきたのに会社が潰れかかって、その時に40~50代やったらにっちもさっちもいかなくなってまいます。僕はこんな経験を若い時に経験出来てホンマ良かったです。

 

 

パナソニックで潰れかかった事業部で働いた僕が感じたことです。

 

①いくら調子が良くても、未来永劫その事業の競争力が維持されない。特には今はIT化グローバル化で競争が早くて激しいから5年後のその事業があるかどうかなんてわかるはずもない。

 

②やからリスクヘッジしとかなあかん。人から必要とされるようなスキルを磨く、副業をする、会社以外のゆるい繋がりを作っておく、ということを常にやっておくことが大事。

 

③それでも自分ではコントロールしきれないことが起こるから、「未来」を悲観しすぎず「今」を楽しむことが大切。

 

 

ひろ